大人の小麦アレルギーと診断されるまでNo.2

大人の小麦アレルギーと診断されるまでNo.2

アナフィラキシーの症状、再び

二度目のアナフィラキシーは、秋葉原でお好み焼きを食べたあとに起きた。「あさイチ」で放送された再現VTRがこの時にあたる。
余談だが、女優さんたちが演じた会話シーンの盛り上がり方は、あの当時そっくりだった。夏にその放送を見たとき、友人も「あの時と雰囲気が同じ」と感心したらしい(笑)

食後何分かして・・・おそらく30分以内だったと思う。お店を出て次はショッピング行こう!と二人で表に出て歩き始めた初頭に抽象的なんだけど・・身体が不自然に感じた。何がどうってわけでもないんだけど・・。
そう、いきなり「ガタガタガタ!」って落ちたわけでなく徐々に、だった。
こうして「ん?」と”何かヘン”と体幹か頭か、どこか・・で察し、不安を覚えたのが一番目。
まぁ今から考えると、不安ではなく症状の一環だったんだろう。
※ちなみに”食物アレルギー診断ガイドライン2012”『アナフィラキシーのグレード分類』(グレード1〜5)に照らせば、グレード3くらいにきていた。

二番目は「何か身体がかゆい」「顔が熱い!」の皮膚症状だったが、そこに、ほぼ時間を同じくし「色んな症状」が重なってきた。その急降下は、私がテレビ欄の題名書くなら”くり坊!ジェットコースターになる!!”だねー。
・・リアルでもジェットコースターは苦手なのになぁ( ;∀;)

加え、呼吸するたび喉が狭い感触がした。咳は自制が出来ず溢れ出てくるようになっていたから、呼吸器の辛さも重なってくる。目の前もぼやけている、視界が狭い。

「なんでや?」と身体の急激な不調に、気持ちが付いて行かない。
この胸のドキドキが気の動転からか、ショック症状として動悸があったのか、判別もしなかったけど、今思えば後者以外考えられへんよね(笑)

こんな状況でも、自分一人で何とか出来ないだろうかと考えたのだろう、「辛い」と言うより先に「ちょっとトイレ行っていい?」と友人に言って、最寄りの店に入ってもらった。
そうして秋葉原ビッグカメラのトイレに入ったものの・・。直観的に「私一人じゃ対処できそうもない」と、このあまりに速い流れの中で決心も迫られ、初めて「ちょうし悪いんだ」と言うことができた。

元々明るい系だから、始めは「どうしたの〜、くり坊ちゃーん。あたらめてぇ」と笑うつもりの友人だった(らしい)けど、私の顔を見たら場違いだと気付いたそうだ(笑)
当時を振り返るに、曰く「顔が真っ赤になって、しかも異常に腫れていた。ただ事じゃないと思ったよ」と語る同業者の彼女も、幾多の経験から「やべーーよ。死んじゃうかもよこれ!」と内心は緊迫していたそうだ。

お昼過ぎだったので開いている病院はないと考えられたので、とにかく「教えてくれそうな場所を」と、交番を探した。
「大学病院だったら救急で見てくれるから、行ってみれば」とのことで、東京医科歯科大学病院の位置を地図で教えてもらう。

友人は「タクシー乗ってく?」と声をかけてくれたけど、私はまだ動けたので「いや、歩いて行けるよ」と答えた・・けれども、本音は「到着までに倒れるかも⋅⋅」と不安だったのは覚えている。
一回目に気絶しそうになってるのに、まだこの機に及んで歩くとか・・懲りない自分だった(笑)

小麦アレルギーの診断

東京医科歯科大学病院には15時頃だったかに着いた。午後の診察を待つ予約診療の患者さん達がちらほら座っていた。
優先して診てもらおうかと思ったが、こちら、ぷくぷく真っ赤っか(顔)星人、意識モウロウ、呼吸の苦しさもあったけど会話は可能だったので、人も待ってるしそれを言う勇気がなかった。・・いや、緊急性を感じた友人が受け付けに言ったかもしれないけれど、待っている時間のことは全く記憶にない。

ドクターは教授のような風格のある、白髪交じりの50歳中盤から60歳始めのがっちりめの男性だった。
聞かれたことは、
今日の昼食の内容
過去に同症状がおきたことはあるか
もしあれば、その時の食事内容は覚えているか
だった。
この問診だけで「小麦アレルギーの疑いが強いです」と診断するなんて、すごいなぁ!と朦朧の身でも驚いた。
だって某クリニックでは「ブタクサアレルギーじゃないか?」だったから(笑)

その診断に、感心している余韻が与えられることはなかった。ドクターの畳み掛けるような次の言葉に衝撃を受けた。
「このままだと危ないから、診断はちゃんとしておいた方がいいですね。入院して検査した方がいいです」
と言い切る。しかも、こちらの返事を待つ気配もなく「いつがいいですか?今決められるのなら、予約入れちゃいます」と来たもんだ。

え゛え゛え゛ッ!!!
しかも即行の入院前提!?

働いている身としては、そんな急には予定がですね・・!
でも、逆に言うと、従来のままで生活するのは今後、かなり危険だと言うことだ。なんとかしよう。(自分の)病院に連絡しよう。しなきゃイカン。

「いつ頃がいいですか?」
「できるだけ早く、ですね」
この辺はどうやって決めたか覚えてないんだが、その返事が「決まったら病院に電話してきてください。私を呼び出してください。判るようにしておきます」だったから、間もなく電話したんだろう。

あと保険屋さんにも連絡しなきゃ。入院費は出るんだろうか?検査入院だけど。保険が効かないと仮定したら、幾ら程かかるものなのか。

入院費も、初めての入院も経験がないから不安だ。でも最も困った思考は、死なないだろうか・・?の、”今から考えても仕方のない”疑問が生まれたことだった。
今度食べたら死ぬ可能性のある”小麦”を、自らの意思で、再び身体に入れる。でもそれで命を失うかもしれない。
同業社勤め人(笑)である自分は、「病院にいるんだもの。安心だよ」とは到底考えられなかった。病院だろうがどこだろうが、死ぬときは死ぬだろう。

・・などと、原因がほぼ小麦と判明しそうになり後は「実験」のみと、光明が差した安堵も束の間に、ブラックな思考に覆われてしまう。

〜大人の小麦アレルギーと診断されるまでNo.3 に続く〜

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