あるラジオ番組での発言がネットニュースに
今からちょっと前のこと。
友人からネットの某ページを見せられた。鼻息が大変荒かった。
「なに鼻息・・」と関西人なので無意識に突っ込もうとした瞬間、マジな顔色の横顔を見、思わず口をつぐんでしまった。
なにがそこまで?と、携帯を借りて読んだ。
ラジオの番組で、アレルギー持ちの人に対し「大丈夫、看護師も救急車も病院も用意してある」との言い分でホタテアレルギーの人に、その成分入りケーキを食べさせた話だった。幸い、アレルギーは発症せずアレルギー自体も治った、との旨の記事だった。
そんなに興奮せんでも、この人素人やからさ~。仕方ないよ-。となだめようとコメント欄を覗いたら、そこも怒りに溢れていた。
こんな多くの人がアレルギーの怖さを認知してくれているのか、と先ず感激してしまった。
正直自分には怒りの心境はなく、”感謝の気持ち”が始めの感想だった。
もしも、アナフィラキシーショックを起こしたら?の処置
看護師当人が真面目に看護師と救急車と病院も確保した状態で、自宅で故意にアナフィラキシーショックを起こしたら?と考えてみる。
この記事の言い方だと、「救急車で待機したナースと救急隊が病院に連れてってくれる」という響きでよいのか。
だとすると、先に結論を言うと、死ぬかもな。
妥協して、できる限りのよい環境を想像してみよう。緊急処置に特化した看護師と救急隊員が待機しているとしよう。
うーん。いやぁ~そんなのは関係ないなぁ。処置材料が足りんもんね。勢いよくアナフィラキシーショックになったら助からんよなぁ。
病院でも間に合わぬかもしれん臨床状況。一部の道具しか揃わない救急車内で途中までの処置を施すことになる。病院に運ぶまでがクエストだとしても、ゲームで言ったら「最難関クエスト」に違いない。
幸運に生きることができても、蘇生に時間がかかり、脳に後遺症が残る可能性もある。こうなれば、アレルギーショックから回復!どころではないはずだ。
もっと身近に具体的に。では、自分が小麦含有製品を意図的に喰ったらと考えてみる。
顔が腫れ、目が腫れ。他にもいろんなところが腫れ。あれは経験してみないと解んないかもなあ。しかも、顔に火が付いた!!という浮腫部の灼熱感もある。経験からこれらの症状は必須で出るはず。
アナフィラキシーショックの死因一位は、「咽喉頭浮腫による上気道閉塞」とある。
顔面が腫れるのも、まぶたが腫れるのも、気道が腫れるのも、原因は同じで血管性浮腫に起因する。頻度が多いんだもの。そりゃ死因一位だ。
しかし罹患者のほとんどが経験する症状が死因に繋がるなんて、アレルギーはやはり恐怖だな。
話はそれるが、自分は池袋でアナフィラキシーに陥った時、犬吠様咳嗽(犬が吠えるような声で咳をする。喉が締め付けられることで起きる)も出ていて、「私、相当やばいな・・」と電気屋のトイレの中で朦朧としながら、こんな状況でもどこか客観的に焦ったことを思い出す。救急車を頼むか、さもなくばもうすぐ倒れるか、と予感がして追い詰められた。
早くて数分後から上記症状が現れ、気道閉塞してしまうと息ができなくなる。本人はとっくに気を失っているかもしれない。
全身が酸素不足になるため、解消するために一刻も早く気管内挿管をして肺に空気を送ってあげなければならない。
金属製の塊とホースみたいな管を口から入れるが、喉は浮腫んでいるし、ここは生死を分ける空間なので、入れる側も焦っている。
どうやっても入らないときは、喉に直接管を入れるダイレクトな処理、「気管切開」のお出ましだ。メスで線を引くよう喉をカットし、割れた皮膚から管を挿入する処置となる。
いずれにせよ、気管挿管するくらいだから、当人は息が止まりそうになっているか、既に止まっている。管を入れるのに成功しただけでは呼吸は復活していない。人工的に肺に空気を送り込む処置が必要だ。
心臓も止まっている可能性もあり、同時にアドレナリン注射(一般人でも、限られた医師に処方してもらえれば持ち歩けるエピペンと同じ薬効のもの)もするだろう。血管に入れなきゃならないが、しかし当人は「血管性浮腫」に嵌まっている状況は高いので、穿刺する血管は見えにくく、注射処置は滞っている可能性は高い。やはり、入れる側も人間なので、内心焦っている。
血管確保の時間がない、もう死にそうなときは、心臓に直接アドレナリンを刺すことも考えるだろう。
結論:アナフィラキシーショックを舐めては駄目です。
とまぁ、これは普通に考えりゃ病院でする処置だし、病院でも充分死んでしまう可能性がある。
統括すると、
アナフィラキシーショックは、すべての救命材料が揃う本家「病院」でも修羅場なのに、看護師と救急隊、救急車が待機するだけの状況では死んでしまうかもしれない。
となる。
アレルギーに対する認識は人それぞれ
いつか旅行先で、バーベキューソースのハンバーグ料理を出されたんだよね。一口食べて、「このトロミは小麦粉では!?」と疑問符が浮かんだから仲居さんに確認したら「あ、すみません。おっしゃるとおりです」とお皿が引き下げられた。
お皿は目の前から消えたが、小麦は身体に取り込まれてしまった。
とりあえず一刻も早く薬を飲まなければいけない。エピペンも見えるところに出して、時間の経過に構えた。エピペンの可否を決定しかねる前に急に意識を無くすかも知れんから、相方に「いきなり私が気絶したら、打って」と言った。
数分後、メイン料理が変更されてノドグロの煮付けに変わった。お詫びの品として格上が出てきたのか。
無事に、何事もなく魚を平らげることができた。しかし食べている間も、いつ症状がでるかも知れない恐怖と隣り合わせで食べたので、高級魚なのに味は記憶にない。
不意に起こしてしまうアレルギー反応は、「今日死ぬかも」の恐怖体験となる。
当人にとり極限の心理となる状況を故意に作り出すなんて、胸元にナイフを当てられ「これで心臓を刺しても死なないから」と言われるに等しい。
今回の話は、アレルギーに対する理解者が増えた分、無知な人が際立ってしまう背景があったのかもしれない。
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